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長野地方裁判所 昭和45年(行ウ)8号 判決

長野県長野市上千歳町一、一二一番地

原告

大久保文子

右訴訟代理人弁護士

相沢岩雄

同市西後町六〇八番地の二

被告

長野税務署長

矢島英雄

右指定代理人

伴義聖

柳沢正則

山本至

小山隆夫

大塚俊男

高畑甲子雄

依田一夫

山田信保

主文

被告が昭和四三年一〇月二四日付で原告に対してなした、昭和三八年分の課税価格及び贈与税額の各決定処分並びに重加算税額の賦課決定処分のうち審査裁決によつて維持された部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

一、原告

主文と同旨。

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、被告は、昭和四三年一〇月二四日付で原告の昭和三八年分の贈与税課税価格を五五〇万円と認定し、贈与税額を二二一万五、〇〇〇円、重加算税額を七七万五、二〇〇円とする賦課決定処分をなし、翌日原告にその旨通知した。

二、原告は、被告の前項各処分に対して昭和四三年一一月二〇日被告に異議申立てをしたところ、被告は、昭和四四年八月二二日これを棄却し、翌日原告にその旨通知した。

三、原告は、被告の前項棄却決定に対して昭和四四年九月二二日関東信越国税局長に審査請求をしたところ、同局長は、昭和四五年四月二三日被告の第一項処分の一部を取消し、課税価格を三一八万三、二〇〇円と認定し、贈与税額を一〇四万二、三〇〇円、重加算税額を三六万四、七〇〇円とする裁決をなし、翌日原告にその旨通知した。

四、しかし、原告は右裁決に不服であるので、原告申立記載のとおりの判決を求める。

第三、請求原因に対する答弁

一、請求原因一ないし三項の事実はいずれも認める。

二、同四項は争う。

第四、本件課税の根拠

一、原告は、昭和三八年六月一日訴外共栄不動産株式会社から、長野市大字鶴賀字腰巻二、二六九番八宅地八九・二五平方メートル、同所同番地家屋番号一八七番の三居宅三三・〇五平方メートル、同所同番地家屋番号同番の四居宅三三・〇五平方メートルの不動産を代金五五〇万円で取得し、右代金は昭和三八年四月一六日に金五〇万円、同年六月一日に金五〇〇万円を支払つた。

二、被告は、原告が女性であり、昭和三八年分以前の所得税確定申告がないことから、原告の収入関係を調査したところ、原告は昭和二八年ころから昭和三八年五月三一日まで長野市三輪田町一、三一六番地訴外株式会社角田商店に勤務し、退職直前の給料は月額一万九、〇〇〇円であり、昭和三八年六月一日退職金五〇万円を支給されている事実が認められた。

三、被告は右事実から原告の前記不動産の取得代金の調達について調査したところ、昭和三八年四月一六日支払の手付金五〇万円は、原告の訴外三菱信託銀行長野支店の預金など五〇万六、九二四円を同月一五日に払戻した中から支払われたものであり、同年六月一日支払の代金五〇〇万円は、訴外角田繁太郎(以下単に「角田」という。)が同日訴外長野県信用組合(以下単に「信用組合」という。)から借受けた五〇〇万円を同日原告が贈与を受けたものをもつて支払つたものであるこことが判明した。

右角田の信用組合からの借入れは、当初原告名義で借入申込みをし、いつたんは同年六月一日付で原告名義で貸出されたが、その後まもなく同年七月四日に至りその借入名義について、原告が角田に経済関係を依存しており、原告との取引は困難であるとの理由で信用組合の希望により、当初の貸付日である同年六月一日に遡及して原告名義から角田名義に変更され、更にその後昭和三九年六月一二日に至り債務者変更契約書を作成して債務一切を角田から原告が承継したものである。

原告が右当初の借入申込みの際信用組合の組合員となるための右組合に対する出資金五〇万円は角田の普通預金から払戻されて支払われ、さらに右借入れのための担保として設定された同組合に対する原告名義の定期預金二〇〇万円も角田の普通預金から六月一日に払戻されたものであつて、実質的には右出資金、定期預金とも角田のものにほかならない。

また、借入金の返済についても、本件取得不動産からの賃料収入から支払うなど原告の財産から支払つた分はなく、原告が前記債務承継後に元金の一部を賃料により調達したにすぎない。

四、ところで、右借入金五〇〇万円を原告が使用するには、原告と角田との間で何ら貸借契約書は作成されておらず、かつ、原告は角田から生活費などの経済的援助を受けている状態にあるものであるから、被告は、この五〇〇万円は原告が角田から昭和三八年六月一日に贈与を受けたものと認定した。

その後不服審査における裁決では、右認定をした上で、とくに確証はなかつたが本件不動産の取得について一八一万六、八〇〇円の金員が別途原告から角田に支払われているものと原告に有利に認め、五〇〇万円から右支払われた金額を差引いた三一八万三、二〇〇円を贈与額と認定し、これを課税価格としたものである。

したがつて、被告の本件贈与税課税処分には何ら違法はない。

五、原告は、前記のとおり、不動産取得資金の贈与を受けているにもかかわらず、自己資金で不動産を取得した如く仮装するため、角田名義の預金口座から原告名義の定期預金口座に二〇〇万円を振替預入れをして預金残高証明を取り、更に右借入金についても昭和三九年六月二九日に債務者名義を原告名義に変更するなどして贈与の事実を隠ぺいして贈与税の申告をしないので、国税通則法六八条二項に該当するものと認め、税額の全部について重加算税を課税したものであつて、被告の重加算税賦課処分についても何ら違法はない。

第五、課税の根拠に対する答弁並びに原告の反論

一、課税の根拠一は認める。

二、同二については、原告は昭和二七年から訴外角田商店に勤務しはじめたものであり、退職直前の給料月額は約二万五、〇〇〇円であつた、ほかは認める。

三、同三については、手付金支払の主張事実、原告名義で借入申込みをし貸出しがなされた事実、債務者変更契約の手続きをした事実は認め、その余は否認する。

四、同四、五は争う。

五、原告は、昭和三二年ころから原告が所有していたアサヒビール、宝酒造、いすゞ自動車などの株式を売却して得た二〇〇万円を信用組合に定期預金をし、また手持の五〇万円を同組合に出資して組合員となり、これら二五〇万円を担保として右組合から五〇〇万円を借入れたものである。

その際、角田が原告のために、同組合と借入れの交渉をしたため、同組合は間違えて角田の借入金とし同人の普通口座に五〇〇万円を振替えたが、これは同組合の間違いで、角田は同組合の組合員でないから同組合から借入れることはできないのである。

六、原告は所要資金のうち二五〇万円の手持資金を有していたので、不動産取得のためには実質二五〇万円不足していたのであつて、実質借入額は二五〇万円であり、借入金を五〇〇万円としたのは右組合の都合にすぎない。

七、その後原告は、本件取得不動産からの賃料収入(波止場会館と称し、一二件の飲食店を賃貸していた)で右借入金の元利支払をして来たものである。

第六、証拠

一、原告

1. 甲第一号証の一ないし八、第二号証の一ないし三、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし四。

2. 証人北村友忠、同望月一雄(第一、二回)、同角田繁太郎、同福村実、原告本人。

3. 乙第三七号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二、被告

1. 乙第一ないし第三〇号証、第三一号証の一、二、第三二ないし第三八号証。

2. 証人望月一雄(第一回)。

3. 甲第一号証の一ないし八、第三号証の一、第四号証、第八号証の一ないし四の各成立は認め、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一、本件課税処分の経緯及び原告が被告主張のとおり不動産を取得したこと、原告はその代金のうち手付金五〇万円については原告の三菱信託銀行長野支店の預金などを払戻して昭和三八年四月一六日に支払い、残代金五〇〇万円については昭和三八年六月一日(借入れた当事者の点は別として)信用組合から借入れた五〇〇万円をもつて同日支払つたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、右借入金五〇〇万円が実質的に原告の借入金であるか、あるいは角田の借入金であつてそれを原告が贈与を受けたものであるかについて検討する。

(一)  右五〇〇万円の借入れは、当初原告名義で借入申込みをし、いつたんは六月一日付で原告名義で貸出しがなされたこと、その後七月四日に至り遡つて角田名義に変更され、更に昭和三九年六月一二日原告と角田との間で債務者変更契約書を作成して債務一切を原告が承継する手続をしたことは当事者間に争いがない。

(二)  まず五〇〇万円の借入当事者についての信用組合としての認識についてみるに、成立に争いのない乙第二号証、同第二〇号証、証人北村友忠、同望月一雄(第一、二回)、同角田繁太郎の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、従来同組合としては角田商店とは取引があつたが、角田個人及び原告とは取引がなく同人らはその組合員でもなかつたところ、右両名が同組合を訪れて原告が前記不動産を購入する資金として五〇〇万円の借入れを申し込んだこと、その際借入れの条件として、返済には右不動産からの家賃収入月八万円を積立てて角田が返済する、担保として原告の角田商店からの退職金五〇万円、株式売却代金一〇〇万円その他計二五〇万円を定期とし、なお前記不動産に抵当権を設定するとともに角田が保証人となる旨説明し、同組合内部の禀議においても右条件を前提として原告名義の貸付が承認されたこと、そのころ原告は右借入れのため五〇万円を出資して同組合の組合員となる手続をすませたことが各々認められ、右認定に反する証拠はない。以上を総合すれば、信用組合としては当初の段階で五〇〇万円の貸付先は実質的にも原告であると認識していたものと認められる。なお、その後まもなく七月四日に至り借入れた債務者の名義が原告から角田に変更された点については成立に争いのない乙第四号証、前記望月一雄の証言によれば信用金庫としては原告が角田に事実上経済関係を依存していること、また前記不動産の賃貸先営業が飲食業であつて好ましくないこと等の理由でそのような処理をしたものと認められるものの、同時に右証拠及び前記角田繁太郎の証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、信用組合としては原告による返済に対して具体的な危惧を抱いたとは窺われず、前記担保について何らの変化はなく、また、原告、角田とも右変更を特に意識していなかつたものと認められるのであつて、これらを考慮すると七月四日に至つてなされた右名義変更は単に形式上のものと解するのが相当である。

(三)  次に本件借入れの担保に供された資金の調達先をみるに、成立に争いのない甲第一号証の二、原告本人の供述により成立を認める甲第二号証の一ないし三、甲第五号証の一、二、甲第六号証、成立に争いのない甲第八号証の二ないし四、証人望月一雄(第一、二回)、同福村実、同角田繁太郎の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、本件不動産の売買の話が出たのは昭和三八年四月ころであつたこと、原告は同年五月三〇日に角田商店を退職することとなつていたこと、その際の退職金は五〇万円であつたこと、当時原告は宝酒造、いすゞ自動車、朝日麦酒などの株式を所有していたこと、原告は右株式のうち宝酒造六〇〇株、朝日麦酒一、二〇〇株、いすゞ自動車四、〇〇〇株を同年四、五月ころ売却し、その代金についてはかねて預けておいた交商株式会社から福村実を通じて、そのころ現金で受け取つたこと(なお、右各株式の名義書換時期は同年四月から翌年三月までの間に散在しているが、これらはいずれも決算期を同じくする期間内のものであるところ、通常株式の売却にともなう名義書換えについては、その売却時期如何にかかわらず、同一決算期内になされれば譲受人としては支障はなく、また他に譲渡する場合などの便宜からは通常名義書換えの時期は相当遅れるのが常であり、とくに決算期の末日まで書換手続が延ばされることもあるが、決算期を異にして名義書換えがなされることはまずないと考えられるので、前記名義書換時期の点は前記売却時期の認定の妨げとはならない。)、当時の右各株価は宝酒造六二円ぐらい、朝日麦酒二三八円ないし二四〇円、いすゞ自動車一五八円ないし一六〇円であり、したがつて、右株式売却代金は約一〇〇万円であつたこと、この他原告には長野相互銀行の定期預金約三〇万円などがあつたことが各々認められ、以上を総合すれば原告は当時二〇〇万円ぐらいの資金を所有しており、これが本件借入れの担保(出資金を含む)にあてられたものと認めることができる。これに対して被告は、本件借入れの担保となつた五〇万円の出資金および二〇〇万円の定期貯金(いずれも原告名義)はいずれも角田名義の普通貯金口座から払戻されたものである旨主張しているところ、成立に争いのない乙第七ないし第一四号証によれば、信用組合の帳簿上右のような処理がなされていることが認められるが、同時に右第九号証および前記望月の証言によれば、右処理に先立つて角田の右普通貯金口座に二三〇万円の預入れがあり、これが前記原告所有の資金とみられるのであり、いずれにせよ本件借入れの担保の計二五〇万円のうち大部分が原告所有の資金をもつてあてられたことは明らかである。

(四)  なお成立に争いのない乙第一五ないし第一七号証によれば、六月一日付で原告名義で貸出された五〇〇万円は帳簿上角田名義の普通貯金口座に振替られていることが認められるが、これが原告主張のように、借入交渉にあたつた者が角田であつたゝめ信用組合の職員が誤つて角田名義にしてしまつたものであるか否かはともかくとして、少なくとも原告としては貸出された五〇〇万円がいつたんは角田名義の預金口座に繰込まれようと、五〇〇万円の借受金が本件不動産の取得代金に充てられればよく、また、信用組合とすれば、実際に借入交渉にあたつた角田名義の預金口座が現に存在する以上、この口座を使用して振込みと払戻しの手続をしても借受人から苦情のない限り、貸出手続上何らの支障がなかつたものと認められ、したがつて、この点は実質的な借入れに当る者を定める確証とはならない。

(五)  以上のように(二)、(三)の事実を考慮すれば、本件五〇〇万円の借入れをしたものは名義上も実質上も原告であると認むべきである。

三、右認定の如く、信用組合からの五〇〇万円の借入れが原告のものであつてみれば、その借入れに前後して、右五〇〇万円のほかに出入れのあつた出資金五〇万円を含めた二五〇万円の一部について、角田から原告に対する贈与と認定するならばともかく、右借受金五〇〇万円が角田の借受金であり、これを原告が贈与されたものであると認めてした被告の本件処分は違法であり、その余の点について判断するまでもなく取消しを免れない。

してみれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条により被告に負担させることとする。よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野本三千雄 裁判官 平湯真人 裁判官 三浦力)

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